『頭の中が真っ白』になる時間が大切

人生にはやりたくないこともそれなりにあると思う。その反面、人生には楽しいと思える瞬間もそれなりにあり、そのプラスマイナスの中で人生という時間が流れているのではないかと最近は思っている私。

やりたくないことは多々あり、それを書くのは楽しいものではないため、それではそんな人生の中でも楽しいと思えることは何なのか、少し書いてみようかと思う。

ここ数年の猛暑は既に当たり前のように定着し、気温が40℃になったと聞かされてもあまり驚かなくなってしまった。そんな暑い夏は20年来続けている水遊びであるジェットスキーに乗るのが最高。

暑い中汗だくになりながらウエットスーツに着替え、ジェットスキーを水辺に降ろす。

車を移動させ、グローブをはめながら水辺のジェットスキーに近付いていく。一歩水の中に足を踏み入れるとやや冷んやりとした感触が足元から伝わってくる。真冬であれば痛い程に冷たい水だが、真夏は心地よく身体を冷やしてくれるのがありがたい。

静かに係留しているジェットスキーに近付き、ジェットスキーのハンドルに引っ掛けていたゴーグルを外してメガネの上からゴーグルを装着し、係留しているロープを外す。

手首に巻かれたテザーコードと呼ばれる、落水時にジェットスキーのエンジンを停止させるスイッチをスタート・ストップスイッチのボックスにセット。

周りを確認して他のジェットスキーや泳いでいる子供等がいないことを確認し、ジェットスキーの上に正座してエンジンを掛ける。最近の4ストロークエンジンは掛かりが悪いということはなく、一発でエンジンが始動。

アイドリング速度のまま水面の開けた場所までゆっくりと移動していく。

再度周りに他のジェットスキーや障害物が無いことを確認し、徐々にアクセルを開けていく。それでもすぐに全開走行はしない。エンジンが暖まり、エンジンオイルがエンジンの隅々まで行き渡るまでエンジンの回転数は上げない。

エンジンの回転を上げたり下げたりしながら十分な暖気運転をした後、低速から高速へじんわりとエンジン回転を上げる。

今日もエンジンの調子は良さそうだ。現在乗っているSXR1500にはエンジン回転を示す回転計は付いていないが、高回転で回るエンジンの音を聞けば大体の調子は分かると思っている。

最高速で水面を駆け抜ける心地よさ。真夏の今頃は水面も熱い空気が流れているのだが、時速100km/h近いスピードで水面を駆け抜けると体中に心地よい風が当たり、爽快そのもの。

後ろをチラリと振り返り、他のジェットスキーがいないことを確認し、おもむろにターンに入る。アクセルを緩めながら体重を移動させ、ターンのきっかけを作っていく。

ジェットスキーが傾き、緩やかな弧を描いてジェットスキーが回転していく。肩が水面に付きそうなくらいジェットスキーを傾けながら回転していく気分は最高だ。

回転運動の最中に今度は緩めていたアクセルを徐々開けていく。すると今度は遠心力によってジェットスキーのデッキに足裏が押し付けられているような感覚が発生。その遠心力によって生まれた重力を感じながらコーナーを抜けていく感覚がたまらない。

何度やってもこの感覚は新鮮で、時にはわざとゆっくりとコーナーに進入し、途中から強引にアクセルを全開にし、足裏に感じる重力感を楽しむのも愉快。

あまり強引なアクセルワークをしているとバランスを崩して落水することもあるけど、ジェットスキーから振り落とされても水の上のため、怪我をすることは殆どない。むしろ頭から水中に没しても真夏の水遊びの延長戦のようで気持ちが良いだけのこと。

最高速で航行している時にチラッと後ろを振り返ればキラキラと水しぶきが水面にきらめき、前を見れば船首から左右にこれまたキラキラとした水しぶきが上がっており、何だか恍惚とした気持ちになることもある。

人間ってなまじ高度な思考能力や作業能力を持ったが故、深い悩みも同時に抱え込むことになったと思う。いつも頭の中を支配している仕事や家族にまつわる人間関係やそれに付随する悩み。

油断しているとそれらの悩みをジェットスキーの直線コースでも思い出してしまうこともある。ただ、コーナーリングの最中は別だ。コーナーリングに集中していないとあっという間にバランスを崩し、ジェットスキーから放り出されてしまう。

肩に触れる水面の感触を感じた次の瞬間、足裏への重力を感じ、コーナーの出口ではフル加速していくジェットスキーのデッキから振り落とされないようハンドルをしっかりと握り、次のコーナーへ向けてさらに加速していくというアクションが数秒の中で起こるため、他のことを考えている暇はない。

ブイの張られたクローズドコースをジェットスキーで走るとこの作業が連続して行われるため、文字通り『頭の中が真っ白』になる時間が比較的長く訪れる。それこそ体力の続く限り頭の中の空白時間が与えられる快感は、今の煩悩や邪念にまみれた現代人にはたまらないのかもしれない。

日常の生活は淡々と穏やかに過ごしたいと常々思っている自分も、やはり様々な悩みや煩悩、邪念の塊のようなものだと思っている。そんなこの世に生きる者の背負わなければならない苦悩を、一時でも忘れさせてくれる瞬間があるだけでも救いがあるのではないかと思いつつ、今日も丁寧に生きてみようと思う私なのだ。

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