2021年を軽く振り返り&好きな言葉に想うこと

2021年がもう少しで終わる。毎年多くの人が思うと思われることに、今年1年はどのような年だったのだろうかということ。別に2022年1月1日になっても自分自身は何も変わらないのだけど、何となく人類の作り出した暦の節目に何かを感じてしまうという今日この頃。

私の今年のトピックは何だろうと考えると、それ程大きなことは起こらなかった1年なのかもしれない。

とりあえず思いつくままに・・・

・25年間続けていたジェットスキーという趣味をやめたこと
・一度はお休みしていたニジマス君釣りを再開したこと
・コロナの影響が収まってきた11月~12月頃に少しお出かけできたこと
・本は20冊位読んだかな
・新しい水遊びの趣味の準備を始めたこと

こんな感じで、遠くに旅行に行った訳でもなく、毎日仕事に行き、週末は自宅で本を読んだりパソコンで動画を見たり、何かちょっとしたモノを作成したりして、全般的にはインドア(自宅)で過ごすことの方が多かったと思う。

コロナの感染状況がこのまま落ち着いていれば、2022年はもう少し外活動を増やしてもいいかもしれません。ただ、自宅でノンビリ過ごすというスタイルも、年単位で行っていると悪くないと思うようになり、同時に何だか遠くに出かけるのが億劫になってきているというのも事実。

決して若くはない夫婦のため、こうした穏やかな日常が淡々と続いていくのもしあわせのひとつなんだと、最近は気付いたりして。

『しあわせは掴み取るものではない、足元にあり、それに気付くことなのだ』という私の好きな言葉がある。そう、しあわせは懸命になって掴み取るものではなく、いつも自分自身の周りに静かに佇んでいるものなのだ。それに気が付くということが、本当のしあわせだということを、最近はよく思う。

・毎日朝目覚めること
・やるべき仕事があること
・ご飯が美味しいこと
・妻との何気ない会話が楽しいこと
・暖かい布団で眠れること
・それなりに健康であること
・悩みや不安は多少あれど、それに押しつぶされる状況にないこと
・衣食住がそれなりに足りていること

等々、毎日のちょっとした『当たり前』がしあわせなのだと気付いた時、何となく肩の力が抜けるような気がするのです。

「そんな大きなラッキーはなかったけれど、今年も良い1年だったな」と、人類が勝手に決めた暦の節目に思う年末の良いお天気の一日も、足元にあるしあわせの一部なのだと噛みしめているところです。

2021年もあまり更新はできませんでしたが、当ブログをお読み頂きありがとうございました。2022年も今年同様穏やかな年になるよう、私自身も願っております。

それではまた新年に。

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