自分の周囲3メートル以内が安寧であることを祈る毎日
何故週に5日働かなければならないのか。誰が一日8時間労働しないと給与を貰えないことや、会社という組織に属することを許さないと決めたのか。そんなことを仕事中にふと考えることがある。
午後3時を過ぎても定時までは3時間近くあり、「まだ3時間もここに居ないといけないのか・・・」と、一人絶望することも。
「上記のようなルールは誰が決めたんだ、そうしないと生きていくことが困難なこの国はおかしいのか、それとも自分のこんな考え方がおかしいのか」時々分からなくなってしまう。
それでも一週間は月曜日から始まり、金曜日の定時までは仕事があり、月曜日が始まれば金曜日まではあっという間。流れに流されているうちに1ヵ月など光の速さで通り過ぎ、その繰り返しで1年という時間も光速だ。
こんな人生でいいのか。
何だか焦る。
決して若くはない50代の自分の貴重な時間が刻一刻と無為に削り取られていくようで痛い。
これは他の人がブログに書いてあった言葉だけど、『世間一般で謳われる「理想的な幸せ」に振り回されるのではなく、自分にとっての幸せは何なのか、そこをはっきりさせることが、暮らしをより良くするための最大のポイント』という言葉が刺さる。
自分にとっての幸せは何なのか。もう目を逸らしている時間も残り少ないと感じ、嫌でも向き合わなければならない現実というか、焦りにも似た気持ちが自分を打ちのめす。感傷に浸っている場合ではないのも分かっているのだけど、思考だけが堂々巡り。
ハッキリ言ってまだ欲はある。
・穏やかに毎日を淡々と暮らしたい
・本を読んだり、動画や映画を見たり、音楽を聞いて毎日過ごしたい
・年に1度は国内旅行でいいので刺激を受ける体験もしてみたい
・たまには美味しいモノも食べたい
・暑さ寒さも凌げる快適な暮らしをしたい
・飢えてしまうようなことは避けたい
・ゆっくり安心して眠りたい
・働きたくない(単発のバイトぐらいはしてもいい)
しかし、上記のような欲望というか願望があるうちは、仕事を辞めてノンビリなどとは言っていられないような気もするのだ。しかも今は遠い国で戦争が起こりつつあり、その影響も否応なしに受けてしまいそうなこの日本に住んでいる以上、仕事を放り出す訳にはいきません。
遠い国で起こりつつある戦争も、ニュースを見るだけで自分にできることは何一つなく、無力感がつのる。仮に何かができても大きく状況が変わるとは思えない、最近の世界情勢のことを思い悩んでも仕方のないことも分かってはいるのですがね・・・。
とりあえず、自分の周囲3メートル以内が安寧であることを祈る毎日が続きそうです。